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にじゅうしんぞう
二重心臓
夢野 久作
「オール読物」1935(昭和10)年9、10、11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,188 字 · 129 页
ホラこの通りこの血の塊まりの陰にナイフの刺さった小さい痕があるじゃろう」
「刺し方が猛烈過ぎやしませんか」
「むろんだとも。相当、兇悪な奴でも不意打にコレ程深くは刺し得ない筈だよ。それに死骸の表情が非常に驚いた表情じゃったし……」
「ヘエ。殺された当時の表情は、やっぱり死骸に残るものですかなあ。よく探偵小説なんかに書いてありますが」
「残るものか。僕の経験で見ると死んだ当時の表情はだんだん薄らいで、一時間も経つとアトカタもなくなるよ。僕の見た轟氏の死相はスッカリ弛んで、眼を半分伏せて、口をダラリと開けたままグッタリとうなだれて机の下を覗いていたよ。僕の云うのはその手足の表情だ。ハッとして驚くと同時に虚空を掴んだ苦悶の恰好が、そのまんま椅子の肱で支えられて硬直しておったよ。新聞記者には向うの寝台へ寝かしてから見せたがね」
「ナイフの指紋は……」
「無かったよ。犯人は手袋を穿めていたらしいんだね。それよりも大きな足跡があったんだ。モウ拭いてしまってあるが、向うの北向きの一番左側の窓から這入って来たんだね。ところでこの辺では昨夜の二時ちょっと前ぐらいから電光がして一時間ばかり烈しい驟雨があったんだが、その足跡は雨に濡れた形跡がない。