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こうび

交尾

梶井 基次郎

「作品」1931(昭和6)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,765 字 · 12 页

青空文庫

この男はもう商売も辛いらしい。二階に間借りをしている男が、一度医者に見てもらえというのにどうしても聴かない。この咳はそんな咳じゃないと云って隠そうとする。二階の男がそれを近所へ触れて歩く。――家賃を払う家が少なくて、医者の払いが皆目集まらないというこの町では、肺病は陰忍な戦いである。突然に葬儀自動車が来る。誰もが死んだという当人のいつものように働いていた姿をまだ新しい記情のなかに呼び起す。床についていた間というのは、だからいくらもないのである。実際こんな生活では誰でもがみずから絶望し、みずから死ななければならないのだろう。

魚屋が咳いている。可哀そうだなあと思う。ついでに、私の咳がやはりこんな風に聞こえるのだろうかと、私の分として聴いて見る。

先ほどから露路の上には盛んに白いものが往来している。これはこの露路だけとは云わない。表通りも夜更けになるとこの通りである。これは猫だ。私はなぜこの町では猫がこんなに我物顔に道を歩くのか考えて見たことがある。それによると第一この町には犬がほとんどいないのである。犬を飼うのはもう少し余裕のある住宅である。その代り通りの家では商品を鼠にやられないために大低猫を飼っている。