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きょうかのこむすめどうじょうじ

京鹿子娘道成寺

酒井 嘉七

「探偵春秋 第二巻第六号」春秋社、1937(昭和12)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,841 字 · 49 页

青空文庫

しかし、自分の持場を、弟子が勤めていますのに、どうして、それを気にかけずにいることが出来るで御座いましょう。芸を生命に生きている私が、ああした場合に、足もとも定まらぬながらにもわざわざ舞台まで弟子の様子を見に行く――そうした事は、あまりにも、当然では御座いますまいか。

しかし、その時に、私が撥をもって行かなかったか、とのお訊ねに対しては、

「いいえ」

と申しますより、

「絶対に、持って参りません」

と申上げたいと存じます。三味線ひきの私にとって、三味線と撥とは、申すまでもなく、私の魂でございます。しかしお恥かしい話ではございますが、あの場合、私としたことが、すっかり、自分の魂を忘れていたのでございます――癪を起しまして、三味線と、手にした撥を、下においたなり、すっかり忘れていたのでございます。後ほどに、承りますれば、新三郎が、三味線と撥とを自分の部屋にもってかえり、床の間においていてくれたのだそうでございます。が、私は、もちろんのこと、そうした事情を知りませず、今も申しますように、三味線や撥のことは、少しも考えず、唯ただ、舞台で、私の替りに弾いている、新三郎の三味線が気になるままに、おとどめ下さる方々を、振り切るようにいたしまして、舞台上手の横まで出て参ったので御座いました。