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ひとのくに

人の国

豊島 与志雄

「随筆」1924(大正13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,761 字 · 16 页

青空文庫

止めて、朝早く太陽と一緒に起き上ることだね。服薬なんかの必要は更にない。」

事もなげにそう云われて、落付いた静かな眼付で見られると、久保田さんは少し極りが悪くなるくらいに安堵して、痩せた細長い指先で煙草を一本つまんで、苦笑しながら答えた。

「じゃあその間接療法とかをやってみることにしよう。」

そこで久保田さんは、老医学士の言葉を家族の者達に伝えて、彼等が安堵するのを見て自分も益々安堵して、ゆっくりと間接療法に取掛った。

風の少い打晴れた三月の或る日、久保田さんは半日を郊外散歩に費してみた。所が不幸にも、幻滅の悲哀をなめさせられた。春とは云えまだ冷い空気が地面に流れていて、郊外の風光を楽しむだけののびのびした気持になれなかったし、往来の電車はひどく込み合っていたし、霜解の田舎道は泥濘で歩きにくかった。それを我慢して兎に角半日を過してきたが、身体が大変疲れた上に、頭が茫として愚かになった気がした。

「時間を無駄につぶした上に、頭まで悪くして、これほど馬鹿げたことはない。」

そして久保田さんは、一度で郊外散歩を思い諦めて、此度は早起の方に取掛った。

習慣というものは、殊に老年になると、なかなか破り難いものである。