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ひとのくに
人の国
豊島 与志雄
「随筆」1924(大正13)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,761 字 · 16 页
その様子をじっと見ていた久保田さんは、やがて歩み寄ってきて、落凹んだ眼をくるくるとさした。
「わしはいろんなことを研究しているんだが、運動をした際には、どうも人の身体は軽くなるように思える。そこで……。」そんな風に云いながら、肩をそばめてつっ立ってるお清の手から、竹箒を取ってそれを例の木立に立てかけた。「じっとしていてごらん。」
咄嗟に一歩後ろへ廻って、薄いメリンスの帯のあたりへいきなり手をかけて、足をふんばりざま持ち上げようとしたが、首を縮め腰を落した彼女の身体は、円っこくなってずっしりと重かった。その手掛りのないやつを更に引寄せて、力を籠めて持ち上げようとした。
「こんな筈ではないんだが。」
くくくくと忍び笑いをするのを、もう一息と気張ってる瞬間に、突然彼女は堅くなった。
「いけませんわ。若旦那様が……。」
円っこい堅い重みがするりと手からぬけ出した。久保田さんは一歩半ばかりよろめいて、ひょいと向うを見ると、木斛の粗らな下枝の茂みの彼方に、高等学校の受験準備をしてる長男の洋太郎が、寝間着姿で縁側に立っていた。ちらと視線が合ったか合わないか分らないまに、洋太郎は顔を伏せて、青銅の手洗鉢の水を二三杯手に注ぎかけて、そのまま家へはいってしまった。