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ひとのくに

人の国

豊島 与志雄

「随筆」1924(大正13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,761 字 · 16 页

青空文庫

久保田さんはぼんやりその姿を送ったが、ふいに鼻の穴を脹らまして笑い出した。

「変な時間に便所へ起きたものだな。」

そしてなお笑い続けたが、木影に隠れてるお清の着物の紫縞が眼に止ると、頭を軽く一振りして云った。

「もういいから、庭を掃いてしまったらどうだい。」

彼女がおずおずと出て来て竹箒を手に取ると、久保田さんは少し向うへ遠ざかった。

「若い者に遠慮をしてるんだな。ありがちのことだ。」

そして、朝日の流れてる晴々とした空を仰いで、胸の奥まで深い呼吸をして、ひどく上機嫌になった。

その上機嫌は毎朝続いた。一度書斎にはいると、厳格寡黙な研究家に返って、用を聞きにくるお清へも冗談口一つ利かなかったが、朝早く起きるとにこにこして、庭の中でお清を待ち受けた。所が不幸なことには、お清はもう次の朝から庭へ出て来なかった。久保田さんは自分で竹箒を使ったり、植込の枝振を一々見て廻ったり、地面に匐い出してる蚯蚓の色を研究したり、建仁寺垣の蝸牛をからかったりして、朝食までの時間を過した。

「若い者達はなかなか遠慮深いとみえる。がそれも結構だ。思想上では随分勇敢だからな。」

ふと浮んだそういう考えに自ら微笑んで、久保田さんは毎朝必ず早起をした。