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しぐれがさ
人情武士道
山本 周五郎
山本周五郎『人情武士道』。同一底本的分册已合并为一书。收入:しぐれ傘、竜と虎。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,700 字 · 51 页
市郎兵衛は八月はじめ、その別墅を工事支配の仮り役所にしてひき移り、城下から通勤して来る西郡至と八木次郎太の二名を助手にして、自分はそこに起居しながら工事を督励していた。
――いまになにか始まるぞ。
という人々の期待ははずれなかった。二十日ほどはなに事もなく過ぎたが、九月に入る頃からそろそろあやしくなりだし、やがていちど、にど衝突が始まった。十月はじめの或る午後のことである。市郎兵衛が左手に図面を持って、せかせかと部屋へ入って来るのを見た八木次郎太は、それまたやるぞとにやにやしながらようすを見ていた。はたして市郎兵衛は、
「是はなんじゃ、是は」
と吃りながら、西郡至の机の側へ近寄って行った。至は筆を持ったまま、
「なにごとです」と振返った。
「なにごとではない、この朱で書き入れてあるのはなんじゃ、誰がしたのだ」
「ああそれですか、それは拙者です」
「なんのためだ、十七番堤防の積石の数はもう定まっておる、それなのにこの書入れは石の量を半分に減らしてあるが」
「そこはそうする方がよいのです」
「善い悪いを訊ねているのではない、誰の指図でこんな勝手なことをするかと云うんだ、工事に就いては儂が、作事奉行として細大となく調べたうえ当っておる、それをなんの断わりもなくかような指図がましいことをして」