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にんげんさんすいずまき

人間山水図巻

吉川 英治

「東京 創刊号」1947(昭和22)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,343 字 · 21 页

青空文庫

億劫そうに、彼は腰かけながら見ていた。手下達は仮借なく老人の衣服を解きほぐした。老人は彼等のなす儘にまかせ、子供のように素直だったが、ただ一つ、きたない、嚢包みだけは、手に抱いて離さなかった。

『そいつを奪ってこっちへよこせ』

蕭照のことばに、荒くれた腕ぶしが、老人の拒みをヘシ折って、その嚢をお頭の手へ移した。

『おや』

この山で見た事もない品がその嚢から出て来た。何本かの画筆であり旅硯であり絵の具であり画冊であった。

『爺さん、画描きかい、お前さんは』

『うむ、そんな者じゃ』

老人は、毛をむしられた鶴みたいにふるえていた。が、そのくせ微笑んでいるような温顔でもあった。

『旅絵師というやつかね』

『これでも、徽宗皇帝さまの世には、宣和画院のひとりでしたよ。待詔金帯を賜わってのう』

老人の眸は回顧をなつかしんでいた。前北宋の画院にいた帝室技芸員の一員と聞いて、蕭照も何だかむかし話もしたくなったらしく、

『そうかい、そいつは奇縁だな、俺も実は、御林の兵隊だった事もあるんだ。おいおい着物を返してやれよ、そんなボロを奪ってみても始まらねえ』

それから蕭照は、こっちへ来いと、山寨の中へ彼をつれこんだ。