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にんげんさんすいずまき

人間山水図巻

吉川 英治

「東京 創刊号」1947(昭和22)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,343 字 · 21 页

青空文庫

それにひきかえ、あの老画師のにこやかさは何うだ、いつ会っても玲瓏と笑えるあの顔は羨やましいものである。――なるほど絵というものもおもしろいものだが、何よりは老画師のあの顔は、自分たちの仲間のうちには類のない顔だ。

そう思うと、彼は自分の醜悪な人相がおもいやられた。初めて山寺の炉べりで友の夏駿の顔に気づいたあの相貌が、今の自分にもあるにちがいないと思った。

『また来ましたよ』

翌日もつい蕭照は老画師の小堂を訪れていた。そしてまた熱心に見入っていると、

『画はお好きかの』

と、この老画師としてもめずらしい初めての問いを彼に向けた。

『さあ、嫌いでもないようだな。こう見ていられるところをみると』

『少しずつ、習うてみなされ。どうじゃな、今日からでも』

『とんでもねえこッた』

彼は彼自身を侮蔑して平気だった。

『絵なぞ描けるくらいなら、何も粋狂に、こんな山ん中で泥棒なんぞしている奴があるもんか、このがさつ者の不器用者にゃ、とても、とてもよ』

『そんな事はない』

老画師は、真面目である。そして云うには、人間の本能のうちには、盗み心だの、残忍性だの、あらゆる悪魔的なものも、当人が自覚するとしないとに関わらず潜んでいるが、その反対なもの、善真なもの、たとえば絵心のごときでも、実は誰にでも必ずある筈のものなのだ。