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にんげんはんえい

人間繁栄

豊島 与志雄

「改造」1924(大正13)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,038 字 · 38 页

青空文庫

薄すらとかすんだ生温い朝日の光が、植込の新緑の上に一面に降り注いでいた。

「俺はもう愛とか恋とか、そういったものをいつのまにか失ってしまった。今になって取返しはつかない。夫婦の愛情さえももう味えそうにない。俺の生活はどんよりとしてる。然し……。」

彼は両腕の中に冬子をとんとんとやって、その円っこいずっしりとした重みを測った。

女中が冬子を探しに来た。幼稚園へ出かけなければならない時間だった。

「転ばないように大事に連れて行くんだよ。」

そして彼は妻の方へやって行った。

八重子は蒼白い顔をなお蒼ざめさして、力尽きたようにがっかりした様子で、それでもきちんと端坐していた。彼の姿を見ると眼を外らした。彼は何気ない風で云ってみた。

「お前はどこか身体でも悪いんじゃないのか。もし何なら、医者に診て貰ったらどうだい。」

「それには及びませんわ。」

「それなら、温泉にでも出かけてみるがいいよ。俺も一二週間保養をしてみたいから、急な用を片付け次第、一緒に行こうよ。よかったら……、」そして彼は一寸唇を歪めた、「戸倉にでも行ってみようか。」

「ええ。」と彼女は上の空で返辞をした。