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なかなかしなぬあいつ

仲々死なぬ彼奴

海野 十三

「探偵」駿南社、1931(昭和6)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,216 字 · 18 页

青空文庫

喜助にはもう何事を望む気持もなかった。誰を待つことも考えられなかった。後半が脱落している書物の、その最後の一行を読みおわったような感じだった。そうなった上は、彼の行くべき道は、誰しもが選ぶたった一つ残されたその道――自殺ということであった。

喜助は自殺しようと決心した。

喜助にとって、自殺することは、障子に手をかけてガラリと開くのと、その容易さに於て余り大差がなく感ぜられた。自殺して、天国の門口で、(おお、とうとうお前も来て呉れたか)と云って老人の胸に抱かれることがどんなにか楽しみであった。彼は堅くそれが出来ることを信じていたのだった。喜助はここで、死ぬ時間のことを考えた。なるべく早く死にたい。老人の葬式が行われるその時間に後を追いたい。乃木大将のことなどが急に思い浮んできて、彼はいい気持だった。(さて自殺の方法であるが……)と彼は頤の尖端を指先でつまんで、脳髄を絞ったのである。一生の思い出となることだから、何とかこう、薬学家らしい堂々たる死に方をしたいと考えた。毒物を盃に盛って、一と息に飲み下だし、盃がまだ卓子の上に、帰らぬ前に既に呼吸が止っているという彼の青酸加里も、実に管々しい毒物には相違なかったけれども、それを実行した先輩も少くないので、独創を尊ぶ喜助の満足を得ることは出来なかった。