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なにもの

何者

江戸川 乱歩

「時事新報 夕刊」時事新報社、1929(昭和4)年11月28日~12月29日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,449 字 · 77 页

青空文庫

彼がまだ片田舎の平刑事であった時分、地上にこぼれていた一滴の血痕を、検事や上官が来着するまで完全に保存する為に、その上にお椀をふせて、お椀のまわりの地面を、一晩中棒切れで叩いていた、という一つ話さえあった。彼はそうして、血痕を蚯蚓がたべてしまうのを防いでいたのである。

こんな風な綿密周到によって地位を作った人丈けに、彼の取調べには毛筋程の隙もなく、検事でも予審判事でも、彼の報告とあれば全然信用がおけるのであった。

ところが、その綿密警部の綿密周到な捜査にも拘らず、室内には、一本の毛髪さえも発見されなかった。此上はガラス窓の指紋と、屋外の足跡とが唯一の頼みである。

窓ガラスは最初想像した通り、掛金をはずす為に、賊がガラス切りと吸盤とを使って、丸く切り抜いたものであった。指紋の方はその係りのものが来るのを待つことにして、警部は用意の懐中電燈で窓の外の地面を照して見た。

幸にも雨上りだったので、窓の外にはハッキリ足跡が残っていた。労働者などの穿く靴足袋の跡で、ゴム裏の模様が型で押した様に浮出している、それが裏の土塀の所まで二列に続いているのは、賊の往復したあとだ。