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なにもの

何者

江戸川 乱歩

「時事新報 夕刊」時事新報社、1929(昭和4)年11月28日~12月29日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,449 字 · 77 页

青空文庫

弘一君は云う。

「恥かしい話をすると、僕等は誰も居ない所では、それとは云わず些細なことでよく口論した。いや、子供みたいに取組合いさえやった。そうして泥の上を転がりながら、志摩子さんは俺のものだ俺のものだと、お互の心の中で叫んでいたのだ。一番いけないのは、志摩子さんの態度の曖昧なことだった。僕等のどちらへも失恋を感じる程キッパリした態度を見せなかったことだ。そこで甲田君にすれば、許嫁という非常な強味を持っている僕を、殺してしまえば、という気になったのかも知れませんね。この僕等のいがみ合いを、常爺やはちゃんと知っていたのです。事件のあった日にも、僕等は庭でむきになって口論をした。それも爺やの耳に這入っていたに違いない。そこで、甲田君所持のサックを見ると、忠義な家来の直覚で、爺やは恐ろしい意味を悟ったのでしょう。なぜといって、あの書斎は甲田君など滅多に這入ったことがないのだし、ピストルの音で彼が駈けつけた時には、ただドアを開いて倒れている僕を見ると直ぐ母屋の方へ駈け出した訳ですから、一番奥の窓の側にサックを落す筈がないからです」

これで一切が明白になった。