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なにもの
何者
江戸川 乱歩
「時事新報 夕刊」時事新報社、1929(昭和4)年11月28日~12月29日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,449 字 · 77 页
ごらんなさい。やっぱり十字形の間違った結び方です。これも一つの有力な証拠にはなりませんかね」
赤井さんは沈んだ声で、あくまで鄭重な言葉使をする。それが一層不気味な感じを与えた。
「だが、僕はなぜ自分自身をうたなければならなかったのです。僕は臆病だし見え坊です。ただ甲田君を陥れる位の為に、痛い思いをしたり、生涯不具者で暮す様な馬鹿な真似はしません。外にいくらだって方法がある筈です」
弘一君の声には確信がこもっていた。成程成程、如何に甲田君を憎んだからと云って、弘一君自身が命にもかかわる大傷を負ったのでは引合わないはずだ。被害者が、即ち加害者だなんて、そんな馬鹿な話があるものか。赤井さんは、飛んだ思い違いをしているのかも知れない。
「サア、そこです。その信じ難い点に、この犯罪の大きな偽瞞が隠されている。この事件では凡ての人が催眠術にかかっています。根本的な一大錯誤に陥っています。それは『被害者は同時に加害者ではあり得ない』という迷信です。それから、この犯罪が単に甲田君を無実の罪に陥す為に行われたと考えることも、大変な間違いです。そんなことは実に小さな副産物に過ぎません」