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ぞくしゅう
俗臭
織田 作之助
「海風 第五巻六号」海風社、1939(昭和14)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,630 字 · 70 页
紀州沖はどこかと海の彼方をじっと見つめては歯をくいしばり、黙々として骨身惜しまず働いている姿を変ってると思ったか、主人が訊ねて、もとは魚問屋の坊ぼんであると分ると、可哀想だと、帳場に使ってくれた。お前はんは帳面付けする様な人ではないという定評が与えられた。如何にも、自分はこんな事をする気はない。月々定まった安月給に甘んでいて出世の見込みがあろうか、商売をするんだと、暇をとった。
一月分の給料十円を資本に冷やしあめの露店商人となった。下寺町の坂の真中に台車を出し、エー冷やこうて甘い一杯五厘! と不気味な声でどなった。最初の一日は寄って来た客が百十三人、中で二杯三杯のんだ客もあって、正味一円二十銭の売上げで日が暮れ、一升ばかり品物が残って夏のこととて腐敗した。氷三貫目代の損であった。翌日から夜店にも出て、三十銭の儲がある様になった。十日程経った頃だったろうか、千日前のお午の夜店で、夜店外れの薄暗い場所に、しかもカーバイト代を節約した一層薄暗い店を張っていると、おっさん一杯くれと若い男が前に立った。聞き覚えのある疳高いかすれ声に、おやっと、暗がりにすかして見ると、果して、弟の伝三郎であった。