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ぞくしゅう
俗臭
織田 作之助
「海風 第五巻六号」海風社、1939(昭和14)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,630 字 · 70 页
本当いえば、喜ぶべきは第一に政江だが、彼女は、一座の観察にかまけて、嬉しい表情を忘れていたのだ。一言いえば、政江は今度は余り金を出さなかった。
千恵造の妻に就ては述ぶべきことは余り無い。彼女は要するに、不幸な女だ。千恵造は彼女の容貌よりも、肉体に飽き足らなかった。賀来子と比較するからだった。当然賀来子を想い出し、別れてしまった筈の賀来子に逢瀬を求めた。賀来子は避けた。千恵造はその理由が納得出来ぬまゝに、やがて、いわれも無い嫉妬に苦しみ出した。煮え切らぬ男として定評のあった千恵造はこゝで、たんげいすべからざる情熱の男となった。
ある夜、千恵造は再び賀来子と駆落ちした。婚礼の夜から三月程後のことである。人々の驚きと怒りは、説明するまでも無い事だ。児子兄弟合資会社の一員という肩書だったが、千恵造は結局は月給七十円の会社の一会計係というに過ぎなかった、その待遇にあきたらなかったのか、あるいは、新しい妻が気に喰わなかったのかと人々は論議した。後者の方がむしろ真相に近いが、結局、総てを決したのは、賀来子の魅力だ。この魅力を、「弱き者の味方」という意地に置きかえることによって、千恵造は些かヒロイズムを味った。