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はいくとはどんなものか
俳句とはどんなものか
高浜 虚子
「ホトトギス」1927(大正2)年5~10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,046 字 · 99 页
この句は「藤の花」を主にして作った句でしょうか、あるいは「藤の花」はまったく副物で、「草臥れて宿かる頃」の旅情を主として歌ったものでしょうか。
この句は事実どちらにもみられるほどに双方ともに重きがおかれているのであります。とりもなおさず双方がしっくりと合って互いに客となり主となり渾然として一つの感じとなっているのであります。すなわち旅人が草臥れて宿を借りようとする時の淋しい、しかしながら静かなゆとりのある心持と、藤の花の美しい、しかしながら静かな淋しい心持とがあたかも互いにその心持を説明しあっているようによく調和しているのであります。
耕や世を捨人の軒端まで 大魯
大魯というのは蕪村の高弟の一人であります。
以下の引例はすべて天明時代の人々の方に移ります。「耕」というのは「畑打」と同じことなのであります。元禄時代ではまだこういう文字は使わなかったようですが、天明に至って蕪村一派の漢語癖から好んでこういう文字を使うようになったのであります。元禄、天明の間には前にも申しました通りおよそ百年の間隔があります。
さて句意は、百姓が畑を打っている、そこに世を捨てた人が庵を結んで住まっている、その人の軒端まで打って行ったというのであります。