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きずあとのはいけい
傷痕の背景
豊島 与志雄
「中央公論」1929(昭和4)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,022 字 · 38 页
その時、人々に取囲まれながら、有吉は、急に腿の傷口を押えて、椅子に倒れた……。
六
静かな、そよとの風もない、星の光の強い深夜だった。
杉本は古い洋服のまま、半身を机にもたせて、坐っていた。その額に、今まで見られなかった皺を刻んで……。口のあたりの頬が、かすかに震えていた。
「別れるのは、嫌だというのか。」
「…………」
無言で、英子は唇をかんでいた。頬の贅肉がいつもよりふくらみ、※(「臣+頁」、第4水準2-92-25)がいつもより尖って、自然の媚と我執との、ちぐはぐな顔付だった。
「僕たちは、互に、奴隷にはならなかった。それが、僕たちの夢の取柄だ。」
「夢……。」
「……じゃあない、といって、生活でも……。」
皮肉な色が、さっと彼女の眼に浮んだ。
「では、何……何なの?」
「何か……僕にも分らない。今になってみると、間違ってたようだ。」
「あなたは、後悔してるの?」
「いや、そんなことじゃない。君は、あの男に対する嫉妬心だけで、あんな狂気じみたことをしてしまった。嫉妬心の腹癒せ……そんな、ちっぽけな、個人的な心がいけなかったんだ。もっと怒るんだ、もっと、本当に、腹の底から、怒るとよかったんだ。