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はちじゅうはちや
八十八夜
「新潮」1939(昭和14)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,623 字 · 28 页
ゆきさんといった。
「よく来たわね。よく来たのね。」二度つづけて言って、立ちどまり、「少し、おふとりになったのね。」ゆきさんは、いつも笠井さんを、弟かなんかのように扱っている。二十六歳。笠井さんより九つも年下の筈なのであるが、苦労し抜いたひとのような落ちつきが、どこかに在る。顔は天平時代のものである。しもぶくれで、眼が細長く、色が白い。黒っぽい、じみな縞の着物を着ている。この宿の、女中頭である。女学校を、三年まで、修めたという。東京のひとである。
笠井さんは、長い廊下を、ゆきさんに案内されて、れいの癖の、右肩を不自然にあげて歩きながら、さっき女将の言った二十八番の部屋を、それとなく捜していた。ついに見つからなかったけれど、おそらくは、それは、階段の真下あたりの、三角になっている、見るかげもない部屋なのであろう。それにちがいない。この宿で、最下等の部屋に、ちがいない。服装が、悪いからなあ。下駄が、汚い。そうだ、服装のせいだ、と笠井さんは、しょげ抜いていたのである。階段をのぼって、二階。
「ここが、お好きだったのね。」ゆきさんは、その部屋の襖をあけ、したり顔して落ちついた。