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いちょう
公孫樹
豊島 与志雄
「改造」1925(大正14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,764 字 · 20 页
雨戸が一枚開かれていて、そこから真赤な明るみがさし込んでいた。その雨戸の開かれた真中に、くっきりと一人の男の立姿が浮出していた。それが父だった。
「慌てるな、大丈夫だから。」と父は怒鳴るように云った。「着物を着てしまうんだ。」
そこで僕達は皆着物を着た。そして父の指図で、母や弟や妹や女中達は大事な物の荷造りにかかった。
「雨戸を明け放しちゃいけない。電気をつけるんだ。俺が相図をするまで、荷物は運び出すな。」
何で雨戸を開け放すなと父が云ったのか、僕には分らない。がその時まで、電燈のことは全く忘られていた。それくらい、戸の隙間や窓から赤々とした光がさし込んで、室の中はぼーと明るかった。
父は一通り皆に云いつけておいて、台所の方へ飛んでいった。そして、風呂桶に使うゴムのホースを水道の口にあてがって、その先を掴んで外に飛び出した。僕もその後について外に出た。ぱっと明るいものが眼にぶつかった。室の中から見た真赤な光ではなく、電光のような感じのする光で、それがあたりを一面に照らしていた。瞬間に、ひどい物音がした。隣家の軒にひらひらと焔が伝っていた。
父はホースの先を小さくしぼりながら、水を家の軒先にかけていた。