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しょとうのにっきから
初冬の日記から
寺田 寅彦
「中央公論」1934(昭和9)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,930 字 · 20 页
それを見かけた田代はコーヒーの勘定などはあとでいいからすぐ駆出せばよいのにその勘定でまごまごしてなかなか追っかけない。こうしないといけない理由は、やっと勘定をすませて慌てて駆出したために自動車にひかれるという尤もらしいことにしたいためである。
その自動車から毛皮にくるまって降りて来た背の低い狸のようなレデーのあとから降りて来たのがすなわちこの際必要欠くべからざる証人社長池田君で、これがその恐怖する妻君の前で最も恐るべき証人となり得る恐れのあるところの田代のために、その友人浅岡に有利なる証人として法廷に出頭することを約するの止むなきに到ったのが、やはりその恐怖のためであったのである。何物かの匂いを嗅いだ妻君は「陪審制度というものも一度見学の必要がある」という口実で自分もどうしても傍聴に出るのだと主張する。そうして大団円における池田君の運命の暗雲を地平線上にのぞかせるのである。そこへおあつらえ通り例の夕刊売りが通りかかって、それでもう大体の道具立ては出来たようなものである。これでこの芝居は打出してもすむ訳である。
それではしかし見物の多数が承知しないから最後の法廷の場がどうしても必要である。