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こくこく

刻々

宮本 百合子

「中央公論」1951(昭和26)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,401 字 · 73 页

青空文庫

不意と紺ぽい背広に中折帽を少しななめにかぶった確りした男の姿が歩道の上に現れたと思うと、そのわきへスーと自動車がよって止り、大股に、一寸首を下げるようにしてその男が自動車へのった。すぐ自動車は動いて行った。音のない、瞬間の光景だ。がその刹那、見ていた自分は急に胸が切ないようになり、息をつめた。――男の自動車の乗り工合のどこかが、今そこに宮本がいるような感じを与えたのであった。

喉仏がとび出した部長が入って来た。机の引出しをあけて胃散を出してのんで、戦争の話をはじめた。

「失業者の救済なんてどうせ出来っこないんだから、片っぱすから戦争へ出して殺しっちゃえば世話はいらないんだ」

極めて冷静な酷薄な調子で云った。

「この社会には中流人だけあればいいんだよ」

「中流人て、たとえばどういう人なんです?」

自分がきいた。

「僕らの階級さ!」

自分がいる横のテーブルの上に「メーデー対策署長会議」と厚紙の表紙に書いた綴じこみがのっている。自分がそれに目をつけたのを認め、主任は、煙草のけむをよけて眼を細めながら、書類の間をさがし、

「――見ましたか」

と一枚のビラをよこした。