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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

「これは与力でおわしました頃の、先生のお手柄の随一として……」

「いやいや自慢をするのではない。心にかかることがあるからじゃ」

「…………」

「貢の門下にお久美というしたたか者の女がいたが、それをあの際取り逃がしてのう」

「久美なら私も存じておりまする」

「どこへ行ったものか行衛が知れない。……これが心にかかっておる。……引っ捕らえて刑に処せねばと……」

急に矩之丞は別のことを云った。

「二三ヶ月前に入門いたしました、飛田庄介、前川満兵衛、それから山村紋左衛門、ちと私には怪しいように……」

「どういう意味かな、怪しいとは?」

不思議だというように中斎は訊いた。

「隠密などではありますまいかと」

「これこれ」と中斎はにわかに笑い、

「お前は俺の前身を、もう忘れてしまったと見える」

「は、何事でございますか」

「俺は以前は与力だったよ。だからこの俺の塾内に、そのような隠密など入り込んで居れば、観破しないでは置かないはずだよ」

「これはごもっともに存じます」

矩之丞は苦笑した。

部屋内しばらく静かである。

と、中斎は静かに訊いた。

「例の物を平野屋が江戸へ送る、ハッキリした日取りは解って居るかな?」