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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

金持のやり方もよくないよ」

呟いたがフッと笑い出した。

「いやその金持の加賀屋の主人だが、もう帰ってはいないかしら。どうにも渡すものを渡さなければ苦になって心が落ちつかない」

扇女のために危難を救われ、扇女の部屋でしばらく憩い、もうよかろうという時になって、芝居小屋から旅籠へ戻り、今まで休んでいたのであったが、預った物が心にかかる。そこで加賀屋をもう一度訪ねて、主人が帰っているようなら、早速渡そうと出て来たのであった。

本多中務大輔の屋敷の前を通り、書替御役所の前を過ぎ、北の方へ歩いて行く。

鮫島大学の一味に追われ、日中早足に歩いたところを、逆に歩いて行くのである。

急に鉄之進は足を止めた。

眼の前に加賀屋が立っている。しかし表戸は厳重に下ろされ、静まり返って人声もしない。

しばらく見ていたが苦笑いをした。

「そうでなくてさえこんな大家は、点火前には戸を立てるものだ。ましてやこんな物騒な晩には、閉じ込めてしまうのが当然だ。――と云うことも知ってはいたが、やはりうかうか出て来たところを見ると、利口な俺とは云われないな」

ここでちょっと考えたが、

「戸を叩くのは止めにしよう。