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けんきょう

剣侠

国枝 史郎

「山形新聞」1936(昭和11)年3月~8月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 156,961 字 · 310 页

青空文庫

傍らに籃が置いてあったが、魚は一匹もいなかった。

川の水は濁りよごれてい、藻草や水錆が水面に浮かび、夕日がそれへ色彩をつけ、その中で浮子が動揺してい、それを武士は眺めていた。

「東馬もう何刻であろう?」

少し離れた草の中に、お供と見えて若侍が退屈らしい顔付をして、四辺の風景を見廻していたがそれへ向かって話しかけた。

「巳刻でもありましょうか」

若侍はそう答え、

「今日は不漁でございますな」

笑止らしく云い足した。

「わしの魚釣、いつも不漁じゃ」

「御意で、全くいつも不漁で。……それにもかかわらず先生には、毎日ご熱心でございますな」

「それでいいのだ、それが本意なのだ。……と云うのはわしの魚釣は、太公望と同じなのだからな」

「太公望? はは左様で」

「魚釣り以外に目的がある。……ということを云っているつもりだが」

「どのような目的でございますか?」

「そう安くは明かされないよ」

「これはどうも恐れ入りました……が、そのように仰せられますと、魚の釣れない口惜しまぎれの、負けおしみなどと思われましても……」

「どうも其方、小人で不可ない」

「お手厳しいことで、恐縮いたします」