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けんきょう

剣侠

国枝 史郎

「山形新聞」1936(昭和11)年3月~8月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 156,961 字 · 310 页

青空文庫

お許し下さりませ、思い出せないのでございます」

不意に源女は節をつけて、歌うように云い出した。

「ちちぶのこおり

おがわむら

へみさまにわの

ひのきのね

むかしはあったということじゃ

いまはかわってせんのうま

ごひゃくのうまのうまかいの

、、、、

、、、、

、、、、

まぐさのやまや

そこなしの

かわのなかじのいわむろの

……さあその後は何といったかしら? ……思い出せない思い出せない。……そうしてあそこはどこだったかしら? ……山に谷に森に林に、岩屋に盆地に沼に川に、そうして滝があったかもしれない。

大きなお屋敷もあったはずだが。……そうしてまるで酒顛童子のような、恐ろしいお爺さんがいたはずだが。……思い出せない、思い出せない。……」

顔を上向け宙へ眼をやり、額に汗をにじませて、何か思い出を辿るように、何かを思い出そうとするように、源女は譫言のように云うのであった。

癲癇の発作の起こる前の、痴呆状態とでも云うべきであろうか、そういう源女の顔も姿も、いつもとは異って別人のように見えた。

浪之助は魘われたようにゾッとした。

と、不意に前のめりに、源女は畳へ突っ伏した。

精根をすっかり疲労させられたらしい。