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けんきょう

剣侠

国枝 史郎

「山形新聞」1936(昭和11)年3月~8月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 156,961 字 · 310 页

青空文庫

顔は整いすぎるほど整っていたが、鼻がひときわ高かったので、ここで一点ぶちこわしていた。毒婦型に嵌まった凄艶の女! そう云えば足りる女であった。

パチリと女は腕を打った。どうやら藪蚊が刺したらしい。左の腕の肩まで捲った。月光に浮いて見えたのは、ベッタリ刻られた刺青であった。

(凄いな)と浪之助はヒヤリとした。

(陣十郎とはいい取り合わせだ)

「念の為に申し上げて置く」

重々しい。ねっとりとした。威嚇的の声で、陣十郎がその時云った。

「貴殿拙者に食言いたせば、ここに斃れているこの男のような、悲惨な運命となりましょう。よろしゅうござるかな、浪之助殿」

云い云い指で膏薬売をさした。

「…………」

無言でゴックリと唾を飲んで、ただ浪之助は頷いて見せた。

「よろしい、では、お別れいたす。……お妻行こう」

「あい、行きましょう」

月光の圏内から遁れ出て、二人は闇に消えてしまった。

小間使に下女に老婆に老僕に若党の五人を召使に持ち、広い庭を持った立派な屋敷に、気儘に生活ている浪之助の身分は、なかなか悪くないと云ってよかろう。

翌日は昼頃までグッスリと寝、起きると物臭さそうに顔を洗い、小綺麗な小間使お里の給仕で、朝昼兼帯の食事をし、青簾を背後に縁へ出て、百合と蝦夷菊との咲いている花壇を、浪之助はぼんやり眺めながら、昨日一日に起伏した事件