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きただけとあさひだけ

北岳と朝日岳

木暮 理太郎

「改造」1929(昭和4)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,121 字 · 16 页

青空文庫

この山は駒ヶ岳であることは疑う余地がない。更に驚いたのは、この高い駒ヶ岳の連嶺の上に、十指を屈して尚お余りある大岳がずらりと並んでいることであった。私の貧弱な山の知識にこれが驚異でなくて何であろう。暫くは体が硬張って息もつけぬ程だったが、漸く身も心も落付いてからよく見れば、それらの山の一つ一つが皆違った形を持っている。富士山も勿論其中にあった。私の眼は富士の左の方に一際高く挺立しているかと想われる稍や円錐形の山に惹き付けられた。北の槍ヶ岳のように怪奇ではないけれども、凜々しく引き締った威厳のある山だ。それに高さも高い。二ノ池の小屋の主人に山名を尋ねて見たが知らない。幸に泊り合せた駒草採りの男が居て、「あれは甲州の山で白峰というのだ」と教えて呉れた。私は此時初めて遠く御岳の頂上から白峰に長揖したのである。

矧川志賀先生の『日本風景論』が出版されて、東都の紙価を高からしめたのは、翌明治二十七年の十月であった。私は其時仙台に居たので、初版も再版も手に入らず、漸く第三版を購うことを得て、再読三読した。それで二十九年の夏には、『風景論』に記載された花崗岩の高峰を片端から登る積りで、立山からの帰途、先ず槍ヶ岳へと志して島々に行ったが、一人で登るのは熊が多いから危険であるといわれて終に断念したのは、今考えると実に遺憾