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ちよこ

千世子

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页

青空文庫

「他人の結婚の事なんか何故あんなにせわを大人の人ってのはやくんだろう」

千世子は世間をのぞいた事のない娘と同じ心持で思って居た。

新しく買って来た古物を見せたり、今して居る事の相談をしたり、そうかと思うと、

「どうですHさん一緒に踊りませんか、うちの奥さまはふとって居てとってもの事だ!」

こんな事まで云ってはしゃいだ。

「早いもんですネエ、あれからもうざっと四月たって居るんですから……」

「ほんとうにネエ、もう貴方じき夏の仕度ですよ」

こんな事を二親は云って居た。Hは時々千世子の方を見ては、

「云いたい事があるんだけれ共」

と云う様な口元をして居た。

十一時頃Hはあんまりおそくなると風を引くと云ってかえって行った。

段々遠くなる下駄の音がパッタリと、飾井戸のあたりでやんだ。

「オヤ」

千世子は小さく云ってのり出して暗の中をのぞいた。白いHのかおがまっくらの暗の中にういて居た。

何かの霊の様にスーッと心を掠めて通りすぎられた様に感じながら、

「さようなら、風ぜを引いたりなさらない様に」

千世子は云うとすぐ涙がにじみ出して来た。「たった一人ぼっちで……」こんな事もつづいて思われた。