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ちよこ

千世子

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页

青空文庫

千世子はいつもとは人の変った様な調子でこんな事を云った。自分の頭の上が光って居る様に感じながら千世子はジーッとHのかおを見た。

「アア――神様……」

Hは目をつぶってうつむいていつまでも頭をあげなかった。

「貴方が私を忘れさえしないで下さればほんとうにその方が幸福かも知れません、私達は仲よくそうして考え深く――」

しばらく立って顔をあげたHはその白い千世子のすきな額と濃い髪を尊い様に見せながら口の辺に笑いをうかべながら云った。

二人は新らしい生命をうけた様にその日っきり今までお互に迷って居た事は忘れる事にした。

千世子はしんから迷わなくなった。

あけてもくれても真面目に輝いた目をしながら書いたりよんだりして居た。

Hには、忘られる様で忘られない千世子の顔を見ると、先に云った事をくり返したい様な気持になった。

女のとりすました、考えてばかり居る様な顔や目を見ては、

「もう忘れましょう」

と云った言葉に対しても又女の様子に対してもそれを再び云い出す事は出来なかった。

「時が来たら……」

Hはそればっかりをたのみにする様に思いながら前よりも繁く千世子の家へ出入りした。