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ちよこ
千世子
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页
Hはまだ千世子を見つめて居る。その眼からさける様にそっぽを向きながら、頭の髄からしみ出る様な涙のこぼれるひやっこさを感じて居た。男の前で涙を見せるなんかって云う事は千世子のきらいな事である。けれ共身動きも出来ないほどわけのわからない感情がたかぶって来た。頭をたおしてクッションの中にうずめた。柔かい中で、頭はガンガンに鉄の玉の様になってた。
「どうしたの?」
低いしずんだ声でHはきく。眼の中に涙の光って居るのを千世子は見つけた。それをどうのこうのと云うだけの余裕は千世子にはなかった。
Hは足の先を見て部屋の中を歩き始めた。幾度も幾度も廻ってから暗い方を向いてHは祈り始めた。うつむいて胸に手を組んで祈って居る様子を千世子は涙にぬれた眼で見つめた。Hが祈りをやめた時には千世子は涙をとめて居たけれ共Hの眼の中にはこぼれそうに涙があった。二人は、何のわけで涙をこぼしたんだかお互に知らない、それでもどっかでお互の心がそれを知りあって居るらしい気持がして居た。
「歌でもうたいましょう」
ふだんと同じ声でHは云った。
二人の好きな曲をひきながら千世子は目をねむって居た。