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ちよこ

千世子

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页

青空文庫

その頃千世子は又頭の工合が一寸変になって居たせいか、やくにも立たない書きぬきに夢中になって毎日毎日かんしゃくをおこしながらあくせくあくせくして居た。机にとりとめもなく本を並べたててキョロキョロして居たり、いそがしくもないのにいそがしがって夜更けまで鉛筆をけずったりして居た。

「一週に二三度はきっと上ります近いんですものネエ」

Hはあしたかえると云う日にこんな事を云った。

「そんな御約束はしない方がいいんですワ、もしそれが出来なかったら下らない気持にならなくっちゃあならず、御つとめで来る様になっちゃあ御しまいですワ」

楽譜をうつして居た千世子はピアノの上にペンをなげ出して、うんざりした様にHの顔を斜に見て居た。

「何にも悲しむほどの事じゃあない」と思いながら気が重かった。Hはかわいた目をしてかたよせられた製図台と自分の買って来た花の鉢を等分に見て居た。

「つまらなくなったら一日中に二度なり三度なりかまわないでいらっしゃいな、キットネ、その内また近いところに行って見ましょうネ」

何もかももうきまったんだと云った様な調子に千世子は云った。

ねてから目がさえた千世子は暮から今日までざっと四月の間の事をいろいろ考えて見た。