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せんにんばり

千人針

寺田 寅彦

「セルパン」1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,835 字 · 4 页

青空文庫

去年の暮から春へかけて、欠食児童のための女学生募金や、メガフォン入りの男学生の出征兵士や軍馬のための募金が流行したが、これらはいつの間にか下火になった。そうしてこの頃では到る処の街頭で千人針の寄進が行われている。これは男子には関係のないだけに、街頭は街頭でも、何となくしめやかにしとやかに行われている。それだけに救世軍の鍋などとはよほどちがった感じを傍観者に与えるものである。如何にも兵隊さんの細君らしい人などが赤ん坊を負ぶっているのに針を通してやっている人がやはり同じ階級らしいおばさんや娘さんらしい人であったりすると実に物事が自然で着実でどうにも悪い心持のしようがない。そうした事柄が如何にも純粋に日本的だという気がするのである。迷信だと云ってけなす人もあるが、たとえ迷信だとしてもこれらはよほどたちのいい迷信である。どの途迷信は人間にはつきものであって、これのない人はどこにもない。科学者には科学上の迷信があり、思想家には思想上の迷信がある。迷信でたちの悪いのは国を亡し民族を危うくするのもあり、あるいは親子兄弟を泣かせ終には我身を滅ぼすのがいくらでもある。