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ちよじのおどろき

千代次の驚き

豊島 与志雄

「文学界」1934(昭和9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,413 字 · 19 页

青空文庫

だけどもう村尾さんは、何にも興味がなさそうに、あたしの云うことなんか耳にもとめずに、小唄をくちずさんだりして、投げやりな浮いた眼付をしているんです。僕もこれで、無理なこともしてきたし、さんざん苦労もしたし、一人前の男になったものだと、ひとごとのように云うんです。あたし何だかなさけなくなって、やたらに酒をのんでやりました。

そうしたところへ、電話でした。もう十一時半頃でしたでしょうか。日頃ひいきになってるかたのお座敷だったので、何の気もなく受けて、戻ってくると、村尾さんはしらけた顔で、笑いながら神経質に、お座敷だろうから帰るよと、すぐに立上ろうとなさるんです。あたしはなおなさけなくなって、ほんとに涙ぐんで、さんざんだだをこねてやりました。今晩はどうしたって帰さない、ちょっとで貰えるお座敷だから、待っていて下さらなけりゃ承知しない、たって帰ると仰言るなら、断ってしまって側についてる、とそんなことを云ってるうちに、村尾さんの、ぞっとするほど冷い眼にぶっつかりました。あたしにはよく分っています。断るなら初めから断ったらいいと、そういう意味でしょうが、あたしにしてみれば、夜遅く、中貰いに一寸でもというお座敷へは、顔を出しておかないと、肩身がせまいというわけもあって……そんなことを考えていると、もう芸者も嫌だし、世の中