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うまいち

午市

宮本 百合子

「婦人公論」1922(大正11)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,146 字 · 17 页

青空文庫

午市

宮本百合子

おせいの坐っている左手に、三尺程の高窓が、広く往来に向いて開いていた。そこから、折々、まるで川風のようにしめりを含んだ涼しい風が、流れて来る。

「まあ、いい風」

彼女は、首をめぐらして、軒端に近く、房々と葉を垂れている大きな柳を眺めながら、いずまいをなおして、ぱたぱた団扇(うちわ)を動した。

狭い六畳の座敷には、暑苦しい電燈の光がいっぱいに漲(みなぎ)っている。火のない長火鉢の傍の食卓には、食べちらした鮓(すし)の大皿や小皿が二三の盃とともにのっている。柱よりにくつろいで坐ったおせいの前にも、夫やこの家の主人の前にあると同様な、九谷焼の小盃が置かれていた。八分めにつがれた酒の色は、黒っぽい猪口のなかで、微に灯をてりかえす。――長い間、手もつけられずにあったと見え、とろりと輝いた液体の面には、見えない塵が浮動している。

酒が始ってからざっと三時間、おせいは、ふえも減りもしない小盃を前に据えたまま、時々鮓(すし)をつまんだり、団扇を使ったりして、ひそかな退屈を紛らしているのである。

ひとふきの涼風で、彼女は物懶(ものう)い瞼も冴え冴えと、甦るような心持がした。