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みなみさんのこいびと

南さんの恋人

豊島 与志雄

――「小悪魔の記録」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,630 字 · 36 页

青空文庫

小さなお盆の上に、小銭を少しと、勘定の受取書とを持っていた。南様と名前まで書いてあった。南さんは腑におちない眼付でそれを眺めた。

「昨晩のおつりでございます。」

女が出ていってからも、南さんは小首を傾げながらお盆を見ていた。それから残りのビールを飲んでしまって、立上った。

廊下の突当りにエレベーターがあったが、南さんはわざわざ階段をおりていった。初めてのホテルらしい。じろじろあたりを眺めながら、七階から一階までおりてゆき、少々てれた顔をして、帳場の男に、私は南だがもう帰ります、といやに丁寧な口を利いて、手ぶらの身体をひょいと表にとび出した。

表に出て彼は、そのホテルの高い建築を仰ぎ眺め、それから外套の襟に※(「臣+頁」、第4水準2-92-25)を埋め、没表情な顔付で、銀座の方に歩きだした。足がふらふらしてるのも気につかないらしく、憂鬱に考えこんでしまっているのだ。

そんなのは、おれは嫌いだ。

「さて、どうします。」

何の反応もなく、ぼんやり歩いているだけだった。

少しけしかけてやろうかと思ったが……いやおれにはもっと面白いことが残っていた。南さんはあとでまたすぐにつかまえることにして、そこの、掘割の橋の上で別れて、おれは駈けだした。