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なんぽうゆうしん

南方郵信

中村 地平

「文學界 第五巻第四号」文藝春秋社、1938(昭和13)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,899 字 · 42 页

青空文庫

肉のたまった、まるい旦那の高々指を、三太は抜けるくらい引っぱる。

「入江に行ったら、帰りに松林で松露をとろうや、お父さん」

「松露でも、防風でもなんでもとってやるぞう」

三太が家鴨をねだった時、旦那はうるさそうに返事をしなかった。しかし、夕方裏庭を見まわったついでに、源吉爺さんを思いきりどなりつけてしまった。

「子供にろくでもない入智恵をするもんじゃなか。家鴨は坂下のお浜じゃ。あんな助平で騒々しか鳥はわしゃ好かん」

晩飯をすました三太が、裏庭へ出てみると、爺さんは傍らに竹ぼうきを投げだしたまま、土蔵の石段にしょんぼり腰をかけていた。

旦那に叱られた時は、いつでも爺さんは寄辺のない、一人ぼっちの身が可哀想でたまらなくなり、いっそ裏の川へ身を投げてしまおうかとまで思いつめるのである。いったいに川というものは、不幸な魂にとっては身を投げるためにしか流れていない風に見えるのが普通であって、旦那の家の裏門から一丁も離れない鐘ガ淵には、毎年必ず一人か二人の投身者があるのである。

土蔵の白壁を紅に染めている夕陽は、爺さんのしなびた顔にまぶしく照りつけていたが、爺さんはそれも気にならないような、張りあいのない顔をしていた。