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なんぽうゆうしん
南方郵信
中村 地平
「文學界 第五巻第四号」文藝春秋社、1938(昭和13)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,899 字 · 42 页
三太が呼びかけても返事もしない。
三太は黙って、爺さんと並んで石段に腰をかけ、そのしなびた顔を覗きこんだ。すると、爺さんはさも煩さそうに、そっぽをむいて、独り言のようにすねた声をだした。
「家鴨はお浜ですげな」
「お浜てなんかな」
「色気ちがいですがな」
「色気ちがいてなんかな」
今までの寂寥もけろりと忘れたように、爺さんは歯のない歯ぐきをまるだしの笑顔になっている。
「色気ちがいというのは、男と見れば誰にでも吸いつく女ですがな」
お浜は齢の頃三十ばかりで、千両坂の坂下に独り住いをしている。五年ばかり前、お浜は女役者あがりの姉さんと、姉さんの子供であるてんかん持ちの少年と、三人連れでこの村に姿を現わした。初めお浜たちは豆腐屋の二階を間借りして住んでいたが、村の人たちは誰も彼女一家とつきあおうとはしなかった。「他郷者」で気心が知れないからであるが、その上、てんかん持ちの少年が、時どき、道路といわず、畑といわず、口から泡を吹いて、土の上にぶっ倒れるのも、薄気味がわるかったのである。
しかし、姉さんは一年もたたないうちに、若い行商人と子供連れで駈け落ちしてしまった。