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なんがをかくはなし

南画を描く話

中谷 宇吉郎

「中央公論」1941(昭和16)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,968 字 · 24 页

青空文庫

どうも不心得な南画家であるが、こういう調子で二、三カ月大分描いて見た。

大抵は描いた直後はなかなかの傑作に見えて、翌日の朝出して見るとひどく下手な絵に見えた。そういうことを繰り返しているうちに、今度は段々墨色が気になり始めた。

腕の方を目立たなくするには、比較的淡い墨を使った方が無難らしいのであるが、淡くすると、今度は墨色がいかにも汚く見えて来て困った。どうせ三円か五円の油煙墨のことであるから、淡くすると妙に汚い茶色になって、一度気になり始めると、どうにも我慢が出来なかった。なまじっか昔金沢で中村皓さんの『名墨墨色図鑑』などを見せてもらって、その印象が残っているだけに厄介である。

中村さんの『墨色図鑑』には、唐墨の思わず眼をみはるような美しい墨色がいくつも載っていた。中村さんは「この色でしょうね、幼児の瞳をのぞいたような感じというのは」とそのうちの一つを指して教えてくれた。その青みを帯びた透明な黒さとでもいうべき墨色を思い出して、ああいう墨で描いたら、僕の絵だってきっと巧く見えるだろうがと思っているうちに、段々それが確信に変って来て、今までの墨では余り描く元気がなくなってしまった。