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なんがをかくはなし
南画を描く話
中谷 宇吉郎
「中央公論」1941(昭和16)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,968 字 · 24 页
もっとも蘭の葉一枚描くことも習わないで、名南画を描こうというのであるから、困るのは当然である。
それから暫く経ってのことである。
或る日驪山荘の秦さんのところで、秋田のきりたんぽだの雪菜だのというものを、津田さんと二人で御馳走になったことがあった。その時津田さんが、画帖に印度林檎を素描で描かれるのを側で見ていて、はたと思い当ることがあった。津田さんは初めに皿を描いて、その上に林檎を描かれたのであるが、じっと林檎を眺めながら、輪郭の一部を描き、ついであの印度に特有な縦の凹みに当る部分に一本の線を入れられたのであるが、その線をひくのに、津田さんは余所眼にも見える位極めて慎重であった。そうしたら急にただの林檎が印度になった。あの石を真綿できゅっと締めつけたような感じの縦の凹みが、一本の線だけで出るというのは、観者の頭の作用を巧く利用しているからにちがいない。
要するに人間というものは誰でも、すべての物について、単にいくつかの要素を抽象した像だけを頭の中にもっているものらしい。それでそういう像を頭の中に再現してやれば、それで満足するのではないかと思ってみた。