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なんろ
南路
宮本 百合子
「太陽」1922(大正11)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,813 字 · 63 页
然し、自分には、何より旅舎の部屋が懐しかった。どんなところだろう。先ず一やすみと椅子に腰を投げかけた心持が、何ともいえない快よさで想像に浮ぶ。旅舎独特のこぢんまりした手綺麗さ。――
心を他にとられて、短い言葉で応待する自分の眼には、日曜の朝とは思われず雑踏した街上の有様が映った。
非常に花屋が多く、可愛らしいカリフォルニア・ローミや菫や名も知れない花々を、美しく籠や壺に盛って、歩道一杯に飾ってある。砂漠を昨日通った瞳には、実に鮮やかな香りたかい感銘を与えた。
突然、大きく街角を曲って、自動車がとある建物の前に止ると、自分は、訝っと外を覗いた。
ここが旅舎なのだろうか。
自分で運転していたX氏が先ず降りる。良人も降りる。私もX夫人と前後して、その硝子扉の前に立ったけれども、心は失望せずにはいられなかった。建物の外見や広間(ホール)の調子は、まるで自分の想像していたのとは異っている。
昇降機のところで職人が四五人、乱暴な調子で喋りながら仕事をしてい、床には敷物もなければ、飾り植木の鉢もない。皮張椅子に、詰らなそうな顔をした男が二三人、煙草の隙から我々を見守っているのだ。