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おじとおいと

叔父と甥と

岡本 綺堂

――甲字楼日記の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,487 字 · 5 页

青空文庫

その時のありさま今もありありと眼に残れり。しかも主人の孤村君は今年八月の芙蓉咲く夕に先ず逝き、それより一月あまりにして英一もまたその跡を追う。今年の雑司ヶ谷の秋やいかにと思いやれば、重き頭もいよいよ枕に痛む。

柿の実の紅きもさびし雑司ヶ谷

二十九日、英一の三七日、家内の者ども墓参にゆくこと例のごとし。

渡り鳥仰ぐに痛き瞳かな

白木の位牌を取り納めて、英一の戒名を過去帳に写す。戒名は一乗英峰信士、俗名石丸英一、十八歳、大正九年十月九日寂。書き終りて縁に立てば、午後より陰りかかりし秋の空の低く垂れたり。

魂よばひ達かぬものか秋の空

わが仏ひとり殖えたり神無月

この夕、少しく調ぶることありて、熊谷陣屋の浄瑠璃本をとり出して読む。十六年は一昔、ああ夢だ夢だの一節も今更のように身にしみてぞ覚ゆる。わが英一は熊谷の小次郎に二つましたる命なりき。

十六年十八年や秋の露

三十日、所用ありて浅草の近所まで出で行きたれど、混雑のなかに立ちまじるも楽しからねば公園へは立寄らずして帰る。その帰途、電車の中にてつくづく思うに、われは今日まで差したる不幸にも出で逢わず、よろず順調に過ぎゆきて、身の幸運を誇りいたるに、測らずも英一の死によりて限りなき苦痛を味うこととなりたり。