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おじ

叔父

豊島 与志雄

「改造」1925(大正14)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,585 字 · 24 页

青空文庫

聞いてるうちに彼は無性に悲しくなって、母の膝に取縋って泣き出した。それから、膝の上に抱き上げられて、泣きながら見上げた母の顔が、非常にやさしく美しく、神々しくさえも思えた。で彼はまた母の胸に顔を埋めて、震えながら泣き出した。

それを思い出す気持が、喜代子のことと何の関係があるかは分らなかった。いやそれは、喜代子のことなんかよりも、細君を亡くして多くの子供をかかえながら、未だに後妻を迎えないでいることの方に、より多く関係が深かったかも知れない。がとにかく中野さんは、喜代子の母親を――その当時の赤ん坊を――前にして、ぼんやりそんな変なことを思い出しながら、晴れやかな美しい幻を見たのだった。……あの美しい処女喜代子が生命をかけて恋している。相手の男はそれにふさわしい美しい人である。今は下宿の陋室にくすぶっているが、やがては二人の恋愛から……。

喜代子の消息は、それきり中野さんの耳へは余り達しなかった。勿論喜代子はやって来ないし、中野さんの方から武井家へ出かけてゆきもしなかった。

夏の暑い盛りになると、例年の通り、中野さんは家族連れで常陸の海岸へ行った。