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とりかじ

取舵

泉 鏡花

「太陽 創刊号」

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,453 字 · 15 页

青空文庫

上

「こりゃどうも厄介だねえ。」

観音丸の船員は累々しき盲翁の手を執りて、艀より本船に扶乗する時、かくは呟きぬ。

この「厄介」とともに送られたる五七人の乗客を載了りて、観音丸は徐々として進行せり。

時に九月二日午前七時、伏木港を発する観音丸は、乗客の便を謀りて、午後六時までに越後直江津に達し、同所を発する直江津鉄道の最終列車に間に合すべき予定なり。

この憐むべき盲人は肩身狭げに下等室に這込みて、厄介ならざらんように片隅に踞りつ。人ありてその齢を問いしに、渠は皺嗄れたる声して、七十八歳と答えき。

盲にして七十八歳の翁は、手引をも伴れざるなり。手引をも伴れざる七十八歳の盲の翁は、親不知の沖を越ゆべき船に乗りたるなり。衆人はその無法なるに愕けり。

渠は手も足も肉落ちて、赭黒き皮のみぞ骸骨を裹みたる。躯低く、頭禿げて、式ばかりの髷に結いたる十筋右衛門は、略画の鴉の翻るに似たり。眉も口も鼻も取立てて謂うべき所あらず。頬は太く痩けて、眼は然と陥みて盲いたり。

木綿袷の條柄も分かぬまでに着古したるを後にして、継々の股引、泥塗の脚絆、煮染めたるばかりの風呂敷包を斜めに背負い、手馴したる白の杖と一蓋の菅笠とを膝の辺りに引寄せつ。