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とりかじ

取舵

泉 鏡花

「太陽 創刊号」

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,453 字 · 15 页

青空文庫

「こんな時にでも用わなくッちゃ、君なんざ生涯用う時は有りゃしない。」

「と先言ッて置くさ。」

盲人はおそるおそるその席に割入みて、

「はい真平御免下さいまし。はい、はい、これはどうも、お蔭様で助かりまする。いや、これは気持の快い、とんと極楽でございます。」

渠は涼風の来るごとに念仏して、心窃かに学生の好意を謝したりき。

船室に在りて憂目に遭いし盲翁の、この極楽浄土に仏性の恩人と半座を分つ歓喜のほどは、著くもその面貌と挙動とに露れたり。

「はい、もうお蔭様で老夫め助かりまする。こうして眼も見えません癖に、大胆な、単独で船なんぞに乗りまして、他様に御迷惑を掛けまする。」

「まったくだよ、爺様。」

と学生の友は打笑いぬ。盲人は面目なげに頭を撫でつ。

「はい、はい、御尤で。実は陸を参ろうと存じましてございましたが、ついこの年者と申すものは、無闇と気ばかり急きたがるもので、一時も早く如来様が拝みたさに、こんな不了簡を起しまして。……」

「うむ、無理はないさ。」と学生は頷きて、

「何も目が見えんからといって、船に乗られんという理窟はすこしもない。盲人が船に乗るくらいは別に驚くことはないよ。