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くちぶえをふくぶし

口笛を吹く武士

林 不忘

「サンデー毎日」1932(昭和7)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,467 字 · 21 页

青空文庫

その瞬間、老驥ということばが、一角のあたまのなかに、想い出された。老驥、櫪に伏す。志は千里にあり――そんなことを口の奥にくり返して、急にかれは、この厄介者の狂太郎に対して不思議に、いつになくやさしい、センチメンタルな気もちにさえなって往った。

「兄貴、起きてくれ。話しがあるのだが――弱ったなあ。」

舌打ちをすると、眠っているとばかり思っていた狂太郎の口が、動いて、

「おれの耳は、縦になっていようと、横になっていようと、同じに聞えらあ。」

一角は、どんと激しく畳に音を立てて、すわり直した。

「こん日も、小林殿より内談があった。」

当惑しきったという顔で、一角は、語をつないで、

「例によって、今までたびたび取り沙汰された、無論、一片の風説に過ぎますまい。」

「何が――?」

「が、赤穂の浪人めらが、近く御当家を襲撃するらしいといううわさは、依然としてひそかに、巷に行われているというのです。」

「そうだったな。そいつを聞いて、おれも、呆れけえってる始末よ。」

「あきれ返るのは、こっちです!」

「何だ、出しぬけに。」

「ですから、このさい、ことに上杉家から来ておるわれわれは、御家老千阪様の恩顧に報いるためにも、ああして一同、夜を日に継いで、赤浪の動静探索に出ておるのに、兄者ひとりが、こうやって、ごろごろ――。