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ふるきミニエチュア
古き小画
宮本 百合子
「小樽新聞」1924(大正13)年1月14日~3月9日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 70,298 字 · 140 页
スーラーブは、燃えるような眼付で捕虜を睨みつけた。
「よく視ろ!」
やっと、失望と憤怒とを制し、彼は云った。
「左手、ずっと左の端だ。誰のだ? 知らぬ筈はない」
「――……」
「誰のだというのに!」
スーラーブは、ここぞという処で裏切られた口惜しさに、相手を張り倒したいほどの衝動にかられた。
三十六
自分が知りたいのは、狙ってルスタムを殺そうためではない。正反対だ。知らしてさえくれたら、今日これからの手合せに、血も流さず、永年、遠くから牽き合った父と子が対面出来る。天と地とが凱歌をあげる歓びが実現するのだ。スーラーブは、我知らず宥(なだ)めるような調子になった。
「卿は二つ、正直に云った。一つだけ知らないというのは信ぜられぬ。云ってくれ。――決して悪いことはないのだ。――あの左の方、大きな天幕は誰のだ?」
イランの捕虜は頑固に呟いた。
「知りません。――何もしるしがない」
成程――。スーラーブは窮した。実際その天幕は無標であった。色も形も違ったところがなく、唯他のものより大きいのが特徴なのだ。スーラーブは、捕虜が尤も至極な口実を捕えたことをいまいましく悲しく感じた。