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こぼく

古木

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,648 字 · 24 页

青空文庫

見あげると、一羽の鳶が椎の木から飛びたったのでした。

鳶の姿が見えなくなり、しいんとなった時、巳之助と久江は肩と肩とで寄りかかり手を握り合っていました。それから、抱きあって、唇を合せました。

其後、長い間の愛情と親しみのあとで、二人は結婚しました。結婚生活三十幾年、今では二人とも六十歳の上になっています。

――あの時のことを、久江は覚えているかしら。

柴田巳之助はそう考えてみました。それがなにか気恥しい夢のようで、眉をしかめました。

彼は久江夫人を枕頭に呼びました。

「あの椎の木のことだがね、あれはもう生き返るまいから、伐らせようと思うが、どうだろう。」

平素、何事によらず夫人には殆んど相談もせずに、独断で決めてしまうことの多い巳之助が、そのようなことを言い出しましたので、久江夫人は眼をしばたたきました。普通の病気と違うらしい容態、言葉少なに重々しくなった医者の態度、病室の空気の沈んだ気配などが、胸にこたえました。それを、しいて彼女は微笑みました。

「そのようなことは、どうでも宜しいではございませんか。病気がおなおりなすってからでも……。」

「今でなくてもよいが、然し、あの姿を、あすこに曝さしておくのも、気の毒だからね。