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こぼく
古木
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,648 字 · 24 页
」
久江は彼の顔を眺め、それから椎の木の方を眺めました。
「ほんとに、惜しいことをしました。あの木は、家の目印しでございましたからね。空襲中、見舞いにいらして下さる方は、遠くから、あの木が青々としているのを御覧になって、まだ無事だと、そうお思いなすったそうでございますよ。」
巳之助は返事をしないで、苦痛に似た表情をしました。それから、暫く無言のあとで、打ち切るように言いました。
「伐り倒して、薪にでもするか。」
「薪には、ほんとに不自由しておりますから、たいへん助かりますけれど、それにしても、あれを薪に割るのは、容易ではございますまい。」
「なあに、造作もないさ。」
それきり、巳之助は眼をつぶりました。眼をつぶったまま、じっとしていました。
久江は側についていましたが、巳之助が眠ったようなので、そっと席を立ちました。
久江が室を出てゆくと、巳之助はふいに、ぱっちり眼を開きました。然し何を見るともなく、ただ宙に視線を据えました。
――久江にとっては、あの椎の木など、もう何でもないのだ。
そんなことを巳之助は思い、それから呟きました。
「なにしろ、焼けて枯れてるんだ。