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ねむのきのかげ

合歓木の蔭

山本 周五郎

「新読物」交友社 、1948(昭和23)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,740 字 · 27 页

青空文庫

三

三

「奈尾は躯のぐあいが悪いんじゃないのか、四五日こっち顔色も冴えないし、なんとなくぼんやりして精がないようにみえるが」

兄の市蔵がそう云って眉をひそめた。奈尾はじっくりと振り返った、そして哀しいほど深いまなざしで兄の眼を見ながら云った。

「十八日までにあと六日しか残っていませんわ」

市蔵はその意味を悟るとひどくこたえたような眼をした。それから寄って来て、妹の髪の毛からなにかをつまんで取った、なにもついていたわけではない、単純ないたわりの表現である。

「知っているだろう、岩田は温厚ないい人間だ、心配することなんかなにもありはしない。ばあやもついてゆくんじゃないか」

「いいえ、ばあやには来てもらわないわ」奈尾はそっと首を振った、「そんなことではないの、お兄さまにはおわかりにならないことよ」

「そうだろうけど、――それでも心配だよ」

奈尾は笑いながら兄の手をそっと撫でた。

「大丈夫よお兄さま、あちらへいらっしゃいまし、本当はただ気がふさぐだけなんですから、おんなって、――おかしなものだわ」

その夜もまた奈尾は寝間からぬけ出ていった。うす月の光を吸って、合歓木の花が夢のようにおぼろに夜空を暈かしていた。